――妖筆抄奇譚こぼれ話――

 

精 霊 迎 え                                                深町 蒼

 

 

 

「御影、御影、起きないか」

 裏庭に面した縁側の端。見慣れた少年は、まる で屍のように眠りに沈んでいる。周囲には、昨夜、慶吾が用意したものとは別に、空の大徳利が転がっていた。

 寝付けないからと、夜中になって訪ねて来た御 影は、慶吾が寝た後も勝手に酒を漁り、飲み尽くしてしまったようだ。

「こんなに酔い潰れて……蚊に喰われちまうぞ。 ほら、御影――」

 無理やり首を起こすと、御影は苦しそうに瞼を 開ける。絶対に焦点の合っていない目で、慶吾を見上げた。

「……なんだい。まだ、朝じゃあないか。寝かし ておくれな……」

「呆けている場合か。朝は起きるものだ」

「大学に行くんだろ。俺はもうちょっと寝てるか ら、さっさと行けよ」

 家の主に対し、横柄な言い方である。だが、慶 吾も慣れたもので、今さら御影の口の悪さに目くじらを立てることもない。

「涼しいうちに墓参りに行くぞ」

「誰かの命日だっけ」

「ばかたれ。お盆じゃないか」

「……ああ。そんな時期だもんなあ。どうり で……」

 苦々しく目元を険しくし、不意に口を噤んだ。

「なんだ。何かあったのか」

「別に」

 素っ気なく言い、御影は慶吾の手をスルリと抜 ける。後ろ頭を掻き掻き、廊下に座りこんだ。

「俺は後で行くよ。慶さんは親父さんとこにも行 かなきゃなんないんだろ。早く行けって」

「本当に行くんだろうな」

「あ、疑うのかい。俺を、たったひとりの身内の 墓参りもしない、薄情な奴だと思ってんだな」

「そこまでは言っていない。ただ、お前はいつ も、寺に近付くとクシャミが止まらなくなるから」

「そういう体質なの。線香のにおいが駄目なんだ もん。だから夕方に行くよ。粗方、墓参りも終わって、線香が燃え尽きてる頃にさ」

「そうか。じゃあ、必ず行けよ」

 御影も、何もできない子供ではないのだ。元 々、気ままな奴で他人に何かを強いられるのを嫌がる性質だ。これ以上無理強いをすれば、完全に臍を曲げてしまう。

 ――そうなった時の面倒といったら……。

 そういう所は、まだまだ子供といったところだ ろうか。ふうと溜息をつき、慶吾は家を出た。

 まだ緩やかな暑さの中を、榊家の墓がある寺に 向かって歩く。家からそう遠くない場所にあるのだが、急な坂道が途中にあるのだけが難点だった。帽子で遮っているとはいえ、ジリジリと照り付け始めた太陽 は頭をぼうっとさせる。頬を伝う汗を手の甲で拭った。

「これは、御影が正解だったかもしれない な……」

 寺に着く前に汗だくになってしまいそうだ。坂 の上では陽炎までが揺らぎ始めている。

 ――二人で行けたら、みやこも喜んだだろう に。

 今は亡き、御影の姉の、ほろほろと微笑む姿を 思い出す。自然と頬が緩みかけた。

「いや……怒っているか?」

 誰が望んだわけでもないのに、勝手に御影の世 話を焼き始めた。みやこがそれを望まないことくらい分かっていたのだ。みやこは、慶吾には決して何も頼もうとしなかった。

 だからと言って、みやこの弟である少年を放っ ておけもしない。

「怒らないでくれよ、みやこ」

 謝っても遅いのだが、不意に空を見上げ、苦笑 する。

 暑さが盛りになる前に寺に辿り着いた。鬱蒼と した木々の間から、線香が強くにおう。境内を過ぎ、薄暗い墓地の奥へと進む。

 墓地特有の、湿ったような、肌がひいやりとす るような風が体に纏わりついた。鴉が五月蠅いくらいに鳴くのは、供物欲しさから。不気味な気配に拍車をかける鳴き声を聞きながら墓の間を歩いていた慶吾 は、前を見つめて立ち止まる。榊家の墓に手を合わせる女がいたのだ。木々の葉が日差しを遮り、色を失くした墓地の中で、その女が纏う赤い着物だけが鮮やか に映る。

 女が顔を上げた。色白の、目鼻立ちのはっきり とした、三十そこそこの女だった。

 慶吾は己の記憶の中に女の面影を探す。だが、 どこを探しても、女の素性を明らかにできるものは見つからない。

「あの――」

「榊慶吾さんですね」

 誰かと問う前に、女の方が近付いて来た。

 紅い口紅を引いた唇は、意思を持つもののよう に、ゆっくりと笑みを作った。

 

 

 

 

 夏の盛りのこの時期、御影は決まって眠れなく なる。周りが騒がしく、特に夜は耳を塞ぎたくなるくらいだ。とはいえ、そんな面倒に苦しめられているのは御影だけで、同じ長屋の隣人は毎夜毎夜、いびきを かいている。

 蚊ならば追い払うこともできよう。だが、御影 にしか見ることができない、この世に亡き異形のものたちのことは、他に相談のしようもない。

 お盆の頃は、家々で先祖の霊を迎え入れる。い つも以上に、見えるものは多くなる。自然、あちこちで気忙しくなるものだから、御影は疲れ果ててしまう。わずかばかり静かになる日中だけが、心落ち着く時 であった。

 慶吾が出て行った後、御影は陽射しを簾で遮 り、せっせと眠っていた。そして、気付けば辺りはすっかり夕暮れである。

「――おい」

 ドン、と背中を突かれた。

 無防備な所を突かれ、痛みに呻きつつ目を開け る。

 複雑な色の空を背後にして、捺瑪がこちらを見 下ろしていた。

「家人が留守にしてるってのに、いい御身分だな あ、大先生様」

「蹴りやがったな……てめえ」

「死んでるのかと思ってなあ。声をかけたが、身 動きしなかったからさ」

「……勝手に入ってくんなよ」

「お前が言うことか。慶吾は? まだ戻っていな いのか」

「そのようだね――って、分かってんなら起こす んじゃないよっ。せっかく気持ち良く寝てたのにっ」

「どうせ墓参りにも行かず、ぐうたらしていたん だろ。少しは遠慮しろ」

「それこそ、あんたが言うことじゃないね。ほ ら、慶さんはいないんだから、さっさと帰れよ」

 捺瑪の小馬鹿にした顔を見ていると、無性に腹 が立つ。手元に転がった徳利を投げつけてやろうと顔を上げた。

 捺瑪は御影など眼中にない様子で、廊下の奥へ と視線を向けている。

「本当に、いないんだな」

「何だい。慶さんに今生の別れでも言いに来たわ け? そんなの、俺が言っといてやるよ」

「馬鹿が。ちょっと気になるものを見ちまったか ら、何かあったんなら聞いてやろうと思っただけだ」

「ふん。どうせ、大したことじゃあないんだろ」

「慶吾が、女と連れ立って歩いていた」

「へえっ! あの研究馬鹿がっ」

 と、慶吾に聞かれたら問答無用で追い出されそ うな言い方だ。しかし、御影が言うことももっともで、娘の目を惹く容姿でありながら浮いた話はほとんど聞かない。唯一、慶吾の師である十河教授の娘が好意 を寄せているくらいだが、慶吾自身はそのことに気付かない鈍感っぷりである。

「どうせ、十河の娘ってオチだろう。慶さんに付 き纏う女の影なんて、そんなもんだもの」

「いや、そうじゃあない。赤い着物を着た女で、 見たこともない顔だった。慶吾と並んでいると、どこか――お前の姉に似ていると思ったんだが」

「姉ちゃんに――」

 赤い着物――赤い着物を着た女。

 途端、御影は駆け出していた。後ろで徳利が落 ち、砕ける音がする。捺瑪が何か叫んでいたが、振り返らずに木戸を潜った。

 塀を曲がった時、下駄の歯が滑り、地面に手を ついた。土を払うことももどかしい。擦り傷をそのままに道を駆けた。

 赤と、淡い青の境目のような色合いの空だっ た。蝉の声が、わずかにのんびりと聞こえる。ねばつく暑さの中を懸命に走り、やがて、小さな寺の裏にある小高い丘に立った。

大 きな木があり、根元に小さな墓石がある。そこに御影の姉――みやこが眠っている。寺と線香のにおいが苦手な御影がいつでも訪れることができるように、慶吾 が寺の住職に頭を下げてこの場所に墓を作ったのだ。

 みやこの墓石の前には、花も線香の燃えカスも なかった。慶吾がこの場所を訪れていないのは明らかだった。

 慶吾がみやこの墓参りをしないはずがない。で は、なぜ現れていないのか?

 御影の目が、すうっと細くなる。鋭い気配と共 に、クルリ、振り向いた。

「あんたが、慶さんに近付いたのか」

 目の前に赤い着物を着た女が立っていた。

 夕陽に隠れた顔は、口元だけしか見てとること ができない。紅を引いた唇が、笑みを浮かべる。

 御影は、両の手を拳に握った。

「慶さんをどこに連れてったのさ。え? ――言 えよっ」

 怒声が響く。木々の間から、鴉が飛び立った。

 それでも、女は薄く微笑んだまま、立ち尽くす だけだった。

「皆が迎えてくれるからって、勘違いしてんじゃ ないよ。俺は、あんたを迎えたりなんかしない。俺たちを捨てて勝手に死んだくせに、未練がましく出て来やがって。俺を呪うならまだしも……慶さんに手を出 そうってのか? ……そんなら、絶対に許さないよ……」

 強い想いを込めて、唇の端を引き上げた。自嘲 ともとれる表情は、乾いた風に消える。

 ――こんな女、姉ちゃんになんか似ちゃいな いっ。

 血が繋がっているというだけで、母親だと思っ たことは一度もない。みやこが花街で息を引き取ったのも、全て、この女のせいだ。

 ――お前さえ、いなければ。

 みやこも慶吾も、哀しい別れをしなくて済ん だ。

 ――この母さえいなければ。

 自分のような不気味な者が、生を受けることも なかったのに。

「全部、あんたが悪いんだっ」

 女の首に手を伸ばす。そんなことは出来もしな いのだが、確かな殺意をもって首を締めようとした。

 女は笑んだまま、唇を緩く開け、ほう、と息を 吐いた。

「み、御影さん?」

 と、突然の素っ頓狂な声に、御影は我に返る。

 手の内を擦り抜けて、女の影は消えていた。

 代わりにこちらを見つめていたのは、慶吾を師 と慕う薫少年だ。御影と同じ歳くらいの薫は、浴衣に提灯を持ち、目をまん丸にしている。

「びっくりしたあ。御影さん、一人で何してるん ですか」

「別に……」

 宙を掴んだ拳を下ろす。御影は、この少年が苦 手だった。夢に溢れ、この先の将来に何の迷いもない。荒んだ己とは、生きている場所が違う。

 薫を横目で睨み、腕を組んだ。

「お前こそ、何してんのさ」

「何もしてないのに、睨まないでくださいよう。 俺はちょっと、肝試しを。知ってます? この辺りって人があんまり来ないのに、お墓がポツンとあるんだって。そこまで行って、石を拾って来るっていうの を、近所の子たちとやってんですけど、御影さんも仲間に入ります?」

「……墓だって?」

「そうそう。――あ、あれじゃあないのかな」

 さっそく、墓石を見つけてしまったようだ。駆 け寄ろうとする薫の前に、御影が立ちはだかる。

「帰れっ。ここはお前みたいな奴が、遊び半分で 来ていい所じゃないっ」

「ちょ――御影さん。どうしちまったんです か?」

「五月蠅いっ、帰れってば」

 振るった手が、薫の提灯を叩き落とした。炎は 消え、辺りは墨を落とした水のような、灰色に変わる。

 寸の間、静けさが満ちた。

 御影は、薫の背後に視線を移す。

「……お前、こんなとこにいていいのかよ。他人 の墓に来る前に、行くべきとこがあるんじゃないのか」

「え? どこ?」

「早く迎えに行ってやれよな……」

 呟いた声は、残念ながら薫には届かなかった。

 少年の肩口に、淡くぼんやりとした靄が見え た。人の形を成すこともできない程、弱い気配だ。御影でさえ、辛うじてそれが薫の祖母であろうと感じ取れる程度だった。薫も御影同様、墓参りをさぼったら しい。せっかく黄泉の国から祖母が帰って来るというのに迎えにも行かず、他人の墓を興味本位で踏み荒らそうとする薫に、腹が立った。

 御影が苦々しく一瞥すると、靄は薫を守るよう に薄い幕を作る。

 その時、

「何をしている」

 ガササと、木立を分けて姿を現したのは、長身 の慶吾だった。

「慶さんっ」

「若先生」

 二人、同時にほっとした声を出す。

 慶吾は、御影と薫の顔を交互に見やった。

「二人で墓参りか」

「冗談っ。こいつ、ここへ肝試しに来やがったん だよ。叱っておくれな」

 薫の胸に、ビシッと指を突き付ける。肝試しは 夏の風物詩。御影が怒る理由も知らず、薫は目をパチクリさせている。

「お、俺、何か悪いことをしましたか」

「ここへ、肝試し……なあ」

 慶吾は空を見上げた。考えているふうでもあ り、どこか苦笑を堪えているふうでもある。

―― ほらほら、姉ちゃんの墓を汚そうとした奴だよ。こっぴどく叱ってもらわなくちゃ。

心 内でほくそ笑んだ。だが、御影の期待とは別に、慶吾は緩々と微笑みを浮かべる。

「では薫、一緒に手を合わせてくれるかい」

 御影は、開いた口を閉じるのも忘れてしまっ た。

「……ここ、若先生のお知り合いのお墓だったん ですか」

「ああ。とても大切な人が眠っている」

「それなのに、俺ったら……」

「いいさ。いつも独り寂しくしているのではない かと、案じていたのだ。今日くらい、賑やかなのもいいだろうさ。――さあ、御影も来なさい」

 慶吾は、手にした花を墓前に供えた。隣では、 神妙な面持ちの薫が手を合わせている。

「一体、誰の墓だと思ってるんだよ……俺の姉 ちゃんの墓なんだぞ」

 退け者にされたようで面白くない。少し離れた 場所で二人の背を見ていた御影は、ふと、誰かに頭を撫でられた気がして空を見上げた。

 先ほど、慶吾がそうしていたように。

 

 

 

 

 祖母の墓参りをしていくという薫と別れ、慶吾 と御影は連れ立って歩いている。家々から夕餉のにおいが流れ、御影の腹がぐうと鳴った。

「すっかり時がかかってしまったが、飯は食って 行くんだろう」

「慶さんがどうしてもって言うなら、仕方がない よねえ」

「遠慮のない奴だな」

「俺が遠慮したら、どうすんのさ」

「病を疑うな」

「ひでぇっ」

 軽やかな慶吾の笑い声が、空に溶ける。

「そういえば、あのいけ好かない軍人が慶さんを 待ってるかもしれない。どっかで飯を食って行こうよ」

「捺さんが? どうしたんだろう」

「なんでもないって。慶さんが女と歩いていたも んだから、冷やかしに来ただけだよ」

「女……ああ。彼女か」

「どうせ、教授のお嬢さんなんだろ。慶さんに近 付く女なんてさ、あの子くらいだもの」

「いいや。違う。……榊家の墓に手を合わせてい た人だ」

 墓参りの時節なのだから不思議はあるまいに、 慶吾は急に声音を低めた。首を傾げる御影に、頬だけの苦笑を見せる。

「父に、手を合わせてくれたんだ」

「……もしかして、軍の?」

「ああ」

 榊の父親は、軍部の重要機関で兵器の開発に携 わっていた。一時、慶吾もその施設に出入りしていたことがある。墓前で会った女は、慶吾にその施設に戻ってほしいと言った。榊博士の研究を引き継げるの は、息子であり、科学者としての知識を叩きこまれた慶吾しかいないと、声高に力説していた。この先、列強との戦いは激しさを増す。小さな日本国が強国と互 角に渡り合おうとするならば、どの国にも負けない兵器は必要不可欠だ。その開発を、慶吾に頼みたい――女は、そうすることが「榊慶吾」の使命だと言わんば かりの勢いだった。

 もちろん、慶吾には軍の戻る意志はない。科学 者の道も捨て、今や珈琲に目がない教授の下で研究員をしている。家に帰れば問題ばかり引き起こす御影が我がもの顔で居座っており、捺瑪と取っ組み合いの喧 嘩をすることもしばしば。たまに静かな日は、薫の勉強を見てやり、好きな本を読む。

 大きなことを成し遂げることはない生き方で も、日々、少しずつ過ぎていく時を愛おしく思う。そういう生き方に、何の不満もない。

「なあんだ……ふうん、そうなのか」

 御影が、ホッとした様子で相槌を打っている。 今度は慶吾が首を傾げた。

「何だ。私が娘さんと歩いていたのが、そんなに 奇妙なことだったのか」

「違うよう。……ただ、なんとなくさ。無理やり どこかへ連れて行かれたんじゃないかって、思ったから……」

「御影?」

「まあ、慶さんみたいに女に疎い奴じゃあ、すぐ に愛想尽かされるだろうけど」

「御影っ」

 あっかんべえと舌を出し、御影はささっと慶吾 の手を擦り抜ける。数歩、前を歩きながら、わずかに顎を上げた。

「怒ってないってさ」

「ん?」

「姉ちゃん、怒ってないってさ」

 慶吾の瞳が、かすかに揺れる。

 しだいに、穏やかな微笑みに変わった。

「そうか。やはり、いたのか」

「見えたの?」

「いや。――だが、なんとなく、傍にいるような 気がした」

 御影は普段、見えるものに対して良い感情を抱 いていない。死してなお、姿を見せるものは、この世に強い未練を残しているからだ。その未練に縛られ苦しめられて、永久に抜け出すことは許されない。

「死んだ奴に、何ができるって言うのさ。しょせ ん、この世は生きてるもんが強いのさ。そんなことにも気付かないなんて、本当に、馬鹿だねえ」

 それが、御影の言い分だ。

 だから、死んだ姉が姿を見せるはずがないのだ と、信じている。みやこは成仏し、黄泉の国に無事辿り着いたのだ、と。

 想いを知っている慶吾は、墓の前でみやこのも のらしい気配を感じた時、それを口にしなかった。元々、自分には霊感と呼ばれるものは微塵もない。生きている人の心内さえ読み解くことは難しいのに、この 世に残った想いを感じ取るのは更に困難だ。気のせいか――己の願望がそう思わせたのかもしれないと思っていた。

「姉ちゃん、慶さんが迎えに来てくれたからさ、 黄泉の国から戻って来たんだ。俺と慶さんを見て笑ってた。いつもみたいに、笑ってたよ」

 ほろほろと、小さな花が咲くように笑うみや こ。

 思い出すだけで、心が穏やかになる。

「見えて、悪いことばかりじゃないな、御影」

 今夜はたぶん、いつもより、異形のものたちの 気配も五月蠅くは感じないだろう。久々にぐっすり眠れそうだという御影に、慶吾はまだ寝足りないのかと、大きな溜息をついた。

 

 

 

 

《了》